強迫症のカウンセリング。3月22日のトピックス。

総じて、私が理屈をコネ回して終わった感じがします。最大

の効果はカウンセラーさんが私のゴタクを聞いてくれたこと

による私のストレス解消だと思います。

 

不安が生じたときに、これはあとあとまで気になる不安か、

それとも忘れてしまう不安か、その場では判断できません。

行動療法下にあれば、可能な限り、その不安を無視します。

実際の生活の中では、引き返せない場合もあるので、その

場で確認することが多くなります。

 

カウンセラーさんも、そこを判断する方法はわかりません。

それ以前に「不安は無視」、もっと言えば「我慢する」する

が基本方針です。

 

今朝も早朝散歩で曲がり角を曲がった時、不安になりました。

「なんとなく歩いて来たが、今の直線コースは注意力が散漫過ぎた

のではないか?」と。そこで振り向いて直線コース眺めて確認する

か、そのまま前進するかが迷い所です。行動療法下にあったので、

前進しました。その後、数時間経っても気になったままでした。

やむを得ず同じコースにまた散歩(確認)に行きました。

①不安の対応の選択に迫られる。

②不安を無視して前進する。

③数時間耐える。

これらの経過を経て、結局、確認に行ってしまうと、行動療法とし

ては大きなマイナスです。数時間苦しい思いをしたのに、です。

 

新たに行った散歩でも新たな不安を拾ってしまいます。交差点で

自転車とすれ違いました。交差点はいろいろ気になるので、自転車

という要素が加わったことでやや混乱し「じっくり確認しないで

大丈夫か?」と不安が出てきます。そこを無視して前進します。

これはその後忘れてしまいました。

①不安の対応の選択を迫られる。

②不安を無視して前進する。

③不安を忘れてしまう。

これは行動療法として成功です。

 

どの不安があとあとまで気になるか、やはりわかりません。

 

カウンセラーさんによると「あとあとまで気になるのではないか?」

というのも強迫観念とのこと。強迫観念だから無視と。ただ「誰も

いないけど、誰かをドアに挟むかもしれないから閉められない」と

いったものは強迫観念だというのはわかりますが、「あとあとまで

気になるのではないか?」というのは経験的に10%以上の確率で

現実化するので、強迫観念そのものではなく、二次的不安という感じ

です。確かに、あり得ない%の不安の上に成り立つ不安なので、無視

が正しいのはわかりますが、10%以上の確率で起こる問題とすれば、

無視は難しいと思います。

 

あとあとまで気になるか否かの境目は、確認したか否かではないかと

推測しています。「交差点が気になるからじっくり確認したい」と

言っても、それはあくまで確認した上で「じっくり」を重ねたい状態。

「直線コースの注意力が散漫だったような気がするから確認したい」

の場合は、少なくとも直線コースを振り返って確認するということは

していません。つまり「確認したけど気になる」のと、ただの「気に

なる」では、頭の中の取り扱いがちがうような気がします。

 

今後は、「見てない(確認してない)から気になる」場合はさておき、

「見た(確認した)けど気になる」なら無視する、というところから

始めていくのが良いように思います。なんでもかんでも無視というのは、

まだハードルが高いように思います。

 

以前、自分で打ち出した{(改めて)見たから大丈夫}は、気になって

動けない状態から抜け出すためのキーワードでしたが、気になるが確認

するか無視して前進するか迷う余裕がある場合の新たなキーワードと

して{(改めて)見たけど気になるは無視}心がけてみたいと思います。

 

歩行時の横揺れ等で生じる不安は、それまで前を向いて歩いていたので

「見た」ことにはなりますが、「改めて」見たわけではないので、あと

あとまで気になる不安に分類されます。

 

そういったことを瞬時に判断して、キーワードを引っ張ってこないと

いけないので、行動療法は頭が冴えているときに行かなくてはと思い

ます。頭が自律機能を失うとこうなるのか・・と途方に暮れます・・