強迫のトレーニングは基本に戻ることを忘れていた件。森田療法の”集中”の解釈に注意する件。

このところ、外を普通に歩けていません。

徒歩10分の距離に1時間かかるようになって

います。そこで、朝散歩という訓練メニュー

を思い出しました。

 

もちろん、朝散歩も「外を歩く」ことに

変わりはないので、苦痛でしかありませんが、

見通しの利く直線コースの往復であれば、

負担が少ないから続けられると目論んで

います。

 

負担が少ないからといって、直線コース往復に

甘んじるのは、行動療法的にはアウトですが、

朝散歩の意義的にはセーフです。ちなみに

朝散歩の主な意義は「セロトニン活性」と

「リズミカルな運動刺激」です。

 

昨年、散歩からジョギングまで改善していた

にもかかわらず、現状まで悪化しているので、

散歩にそれほど期待はできませんが、とにかく

少しでも前進したいことと、手持ちの札が他に

ないことで、選択の余地はありません。

 

森田療法では、目の前のことに集中することを

勧めています。細かい表現は失念しましたが、森田

医師ご自身の言葉として「僕は庭木を切る時は、庭師

になり切り、本を読むときは本に没入するのだ・・」

といった内容があった記憶です。以下、私見ですが、

これは取り違えると逆効果のようで、集中は集中でも

強迫的な脳の使い方をすれば短期的にも長期的にも

悪化するように思います。

 

私は、この森田療法の教えから買い物や歩行に集中

してみたりしましたが、どうも頭の使い方が強迫的

なようで、少なくとも、集中後の強迫症状は強く

なります。また現状から察するに、トータルでも

悪化を助長したかもしれません。

 

おそらく買い物であれば、あれにしようかこれに

しようか選択に迫られる、どちらがベストか考える、

そういったとき不完全強迫が現れているのだと思い

ます。歩くときであれば、半径2mくらいの範囲を

凝視する、足裏の感覚や、両手の触覚も確認する、

こういった進み方が、やはり確認、加害、不完全強迫

の強迫行為に該当するのではないかと思います。

 

買い物はやむを得ずとしても、歩くときに関しては、

正常だった頃を思い出す感じで歩くのが良いように

思います。

 

どういった心持ちで動作を行うか?といったところまで

症状に影響するようなので、介護同様、あの手この手で

対応するしかないようです。